その次の世界へ 魂の旅

魂の探求、霊性を高めること、スピリチュアル全般について綴っています。

食べるべからず!その土産、怒りの饅頭也

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愛のバランスが崩れるとそうなる・・・?

前回の記事↓

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パワーゲームに巻き込まれてしまうようなタイプの人には愛のエネルギーが足りないとハッキリと書いてしまいましたが、他者に対して不快な思いをさせてエネルギーを掠め取っていくタイプの人もこれと同じように愛が足りない状態の人です。3次元的な愛と、宇宙的な意味での愛の両方のバランスが崩れている状態です。3次元的に言えば「実際に愛が足らない」というよりは「”自分は愛が足らない状態である” と本人が思い込んでいる状態」というのがしっくり来る言い方かもしれません。そう、思い込んでいるのです。まあ、その思い込みに関しては今度違う機会に書くとして、他者に心理的なダメージを与えてエネルギーを掠め取っていく人というのは、なんと無意識的にそのように行動していたり、頭では分かっているはずなのにもかかわらず、葛藤とそこから生じるエネルギーの拮抗により、衝動的に他者の嫌がるような行動、言動をしていたりするのです。正直言うとスピリチュアルな業界にはその手の人も多くいらっしゃるため、私もそのようなタイプの方々を何人も拝見して参りましたが、よく行動や言動、そしてオーラの変化の調子などを観察していると、その人々の中に共通の様相が浮かび上がってきました。

我慢大会をしているんじゃないんだから~

心理的なところからエネルギーを取っていく人というのは、最初は優しかったり、おとなしめだったり、または謙虚だったりして相手から賞賛のエネルギーを集めていこうとしたり、または相手を「これでもか!」というほどに賞賛して相手の懐に入ろうと試みます。しかし、そうやって相手の様子を見ながらも次第に態度を変化させ、じわじわとエゴをエスカレートさせていくのです。相手が自分に気を許した、または自分が相手の懐に入り込むことが出来たと思った辺りで急に態度(行動・言動)が変化していきます。徐々に相手をほんの少しばかり罵るような言葉をちらつかせてみたり・・・例えばどのようなものがあるでしょうか?会話の中でちょっとした「えっ!?」と一瞬耳を疑うような言葉を使っていたりします。例えで言うと、通常40代を超えた人に対して「老けてる」という言葉は使わないと思いますが、それをちょっとした会話の中でその人に向けて使うとか、身体的なことを非常に気にしている人に向かって、わざとその人が気にするような言葉を向けたり、人がその人に向かって話をしている最中にわざと嘲笑うようなことをしてみせたりします。例を挙げようと思ったらキリがないのでこれくらいにしておきますが、そのような微妙なところでじわじわと攻撃の態度を出して来るのです。そして、相手がどこまで自分を受け容れているのかを見ていたりするのです。その時の無意識の声は「この人は、どこまで私がエゴや嫌な部分を出しても、私を受け容れてくれるのかな?」というような感じでしょう。そしてまた、相手を傷つけたり嫌な思いをしてまでも自分に注目を向けさせてエネルギーを獲得したいのです。それ自体が無意識下では「ありのままの自分が受け容れられている」ということに変換されているのかもしれません。このような一連の態度も、出さずにはいられない強い衝動にかられて出てくるので、本人にとっても攻撃される相手にとっても共に厄介な類のものだと思います。しかし、他者に対してそのような状態を「ありのままの自分」として受け容れさせようとするものではありません。それは間違っていることであると私は思います。特にこのようなエネルギーは、あらゆる分野のセラピスト達に向けられやすいのだと思いますし、実際によくこのような話を耳にもしますが、セラピスト側もここはハッキリと(出来れば極太の)線引きをして、今のその人の状態を気づいて貰えるように促すほうが良いと思います。まずは自分自身で理解することが必要だと思うのでね。

その慈悲は違うところで使ってネ!

サイキックなレベルでは、このような要素を持つ人と話をするとその人のオーラにエネルギーが出てくるので「何かが普通とは違うなぁ」とか「何か変だなぁ」と解る事が多いのですが、サイキックなセンサーを使わなくても相手の言動や行動やその変化に気づくことさえ出来ればカンタンに解るようになると思います。そこで相手が「それ系の人」であるという事に気づいたならば、少し距離を置いたり(特に職場など、どうしても顔を合わせなくてはならない時など)既に攻撃のレベルに入っていたとしたらお付き合いをやめてみるというのも手だと思います。また、攻撃されて嫌な思いをしたとしても出来るだけ怒らないでいたほうが良いと思います。怒ると前述の通りエネルギーがその人の元へ流れていってしまいますのでね。ブッダやヨガの教えの中にもありますが「攻撃で怒りを置き土産された時は、絶対にそれを食べないようにすること。そうすれば置き土産をした相手が食べることになるから。」というものがありますが、これは実際でも本当に起き得る作用であると思います。間違っても置き土産の「怒りの饅頭」は食べてはなりません。それを受け取らないと心に決めたならば、そのエネルギーは差出人が再び受け取ることになるのです。(郵便物と同じですね)しかしながら、これは宇宙の法則の1つでもあります。相手に気づかせるという意味では、けして怒ることをせずに居ながらも、自分の感じたことを淡々とお伝えするのも良いと思います。「どういうわけか私は怒っていませんが、とても嫌な思いをしたことだけは確かです。」というようなカンタンな感じでOKです。あまりやり取りが長いのは逆にお勧めは致しません。とにかく、サイキック・ヴァンパイアとはまた異なったエネルギー・ヴァンパイアという感じの人も結構いるものですが、スピリチュアルな世界が好きな人や、とても真面目な人、優しい人などはこのようなタイプの人からターゲットにされやすいというのも確かだと思います。何故なら、そのようなタイプからすると、自分のことを嫌だからと言ってパッと切り離すという事が無いように見えるからだと思われます。また、スピ好きな人の多くに「人をむやみに切ったりしてはならない。これは自分が引き寄せたことだから向き合わなくてはならない。なんだか可哀想だから切り離す事が出来ない。」などと思ってしまい、ズルズルと不健康な関わり方を続けてしまいがちです。実際に彼らのようなタイプのもとにヴァンパイアタイプの人は引き寄せられて来やすいのだと思いますが、向き合い過ぎるのも禁物です。下手したら鬱になったりしかねません。また、距離を置くことはヴァンパイアタイプの人々にとっても良い教訓になるのです。そうすることによって気づく機会を得られるかもしれませんのでね。慈悲の使い方を間違えてはなりません。

 

 
今日もたくさんの応援を有難う御座います!
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