その次の世界へ 魂の旅

魂の探求、霊性を高めること、スピリチュアル全般について綴っています。

どんなものを受け取りたいですか?

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すごい暴言、でも流すべし

本当にあったちょっとした不思議&こわい話です。こわい話と言ってもオカルトではありませんのでご安心下さいませ(笑)何気に多くの方がこのような事を見かけたり、誰かから聞いたりしたことがあるのではないでしょうか?以前も「自分の行いは間違いなく返って来る」というような話を書いたような気がしますが、最近もそのような現象を見かけましたので、記録として書いておこうと思います。私が参加している勉強会には数十名の方々が参加しているのですが、今年に入った途端に幾つか擦った揉んだな事件が相次いたせいで、このところ参加者のみなさんもザワついています。実は、古株の先輩Aさんが破門になってしまい、そこから波及して、とある先輩Cさんが暴走し出して数名の方々に酷い言葉をたくさん投げかけたりして、その人達を傷つけたり脅かす結果となってしまいました。先輩Cさんは以前から人に対してものすごく毒を吐いていました。自分が一番長くいる先輩であるプライドと、サイキックな感性がなかなか開かない焦りと、サイキックな感性が最初から開いている人たちに対する「燃え盛る嫉妬心」から来るものであることは言葉の端々を見てみれば分かりましたし、そうでなくても勉強会に来ている人々の多くが明確に波動を察知する人ばかりなので、Cさんが何も言わずともそのような波動がCさんから溢れ出ている事はみんな察知していたようです。私も例外なく攻撃の対象に入りましたが、他の人々から「ひかりさん、Cさんとよく普通に話せるね~。私、話すどころか怖くて近寄れないわ。」と口を揃えて言われています。私からすれば「どうとでも言ってくれよ」って感じなので、あまり気にせずに流すことが出来ています。流すことって意外と簡単なんですよ。それに、怒っている人の調子に乗せられて感情を乱すほうがエネルギーのロスが大きいと思いますのでね。

意図せず(?)Cさんが受け取ってしまったもの

まあ、そんなこんなで皆に毒を吐きまくって来たCさんですが、それも2月に入ってヒートアップして行きました。古株の先輩Aさんが破門になったことによって、何かが爆発してしまったようなのです。先日の勉強会の時には戦闘意識が満々な様子で、誰でも良いから気に入らない事を言う人に攻撃を仕掛けたいという波動が凄かったです。そして、その日は何人かの人が攻撃にあってしまい、それを受けた人たちの不満も(裏で)吹き出してしまいました。その次の勉強会の日のことです。珍しくCさんがお休みをしました。理由を聞けば、口内炎がたくさん出来てしまい、それが喉の方にも出来てしまったため辛くて行けないということでした。私はその理由を聞いた時に、Cさんは自分が爆発させた毒エネルギーを、他人にぶつけたつもりが自分に被ってしまったのだと思いました。ところで私は、古株の先輩AさんとCさんの波動がめちゃくちゃ似ていた事のほうが気になっていましたが、何年も前からいる先輩方に聞けば、かつても先輩Aさんも皆に毒を吐きまくっていた時に口内炎がたくさん出来てしまって、反省していた時があったそうです。ところで、このお二人について、私は去年の12月と年明け直後にふと見えた未来のヴィジョンがありました。その話は未来が見えた時の話向けに取っておこうと思います。また、古株の先輩Aさんがどうして破門になってしまったのか、ということについてはスピリチュアルを通り越して、もろにオカルト領域の話(もしかしたらファンタジーでしょ!?と思われてしまうかと思います。)になってしまうため、ここに書くのを少し躊躇っておりますが、表現を熟考しながら、もしも書けたら書こうと思います。

Dさんが受け取った結果とは?

これは数年前の話になりますが、とある顔見知りの女性Dさんが人の外見にものすごく批判をしていました。毎日毎日、誰かしらの外見、特に顔についてハッキリと「ブス」だとか「顔のパーツがどうのこうの・・・」だとか他にも酷い言葉で批判をしていました。余談ですが、Dさんは知人の友人だったので姿をちらりと見かけたことはありましたが、その知人が私に改めてDさんを紹介すると言い出した時は「やめて!」と咄嗟に声高らかに拒否してしまいました(笑)外見にしても何にしても、人の批判をする人を近くで見ていて気分が良いわけがありませんのでね・・・。とある日のこと、知人から「Dさんね、顔が曲がっちゃったんだよ~!!」というメールが来ました。Dさんが整骨院のようなところで頭蓋骨のどこかをゴキッ!!とやられた時に、顔の骨格が歪んでしまったそうですが、それがほんの少しではなく、思い切り口や頬骨などのラインが斜めになり、口が大きく開いたままになって閉じられないほどで、ひと目見ただけでも顔のパーツがかなりズレていることがすぐ分かるくらいだというのです。(おそらく、顎関節などがどうにかなってしまったのでしょう・・・)この話を聞いた時も私は「それまでに人の顔について酷い批判ばかりしていたから、巡り巡って自分に返って来ちゃったのね。」と思った次第です。言葉や心の態度というのは恐ろしいほど自分に返ってくるものなのです。もしもご自分をいたわりたい、愛したいと思うのならば、人に対する言葉や心の態度も、自分が心地よいと思うようなものと同じようにしていかなくてはなりませんし、良きものを受け取りたいのであれば、けして人に対して毒を吐いたりしてはならない、ということにもなりますね。(勿論それは、うわべだけではなく ”心から” でなくてはなりません。)

 

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嫉妬は必要ないものである!?

エネルギーを扱う世界では、ポジティブ過ぎるのも本当はあまり良くないのですが、ネガティブ過ぎるのは更におすすめできません。ネガティブさはほどほどであれば、問題回避が出来たり、修正すべきポイントをきちんと押さえる事が出来たり、熟考の機会を得る事が出来るという長所がありますが、強い感情を伴うネガティブさは、自分の心の中に1滴たりとも見当たらない状態にまで持っていく事を、本当はおすすめしたいくらいなのです。我が強まる原因のひとつでもある「嫉妬」という強いネガティブな感情。私はこれについて考えてみたわけですが「もしかして、嫉妬は本当に必要ないものなのかもしれない」と思いました。

誰かに嫉妬するのはお門違い!?

誰かのことを羨ましがり、それが高じて嫉妬となる。そこには色々な心理が見え隠れしているわけですが、これらの感情が出る時というのは、誰か他の人に、物事が上手く行く出来事が起きたり、何かラッキーなことが起きたり、またはその人の持っているものや置かれている環境に対して、自分の状態を比較してしまう事が原因となっているのではないでしょうか?しかし、この人生で与えられたものは人それぞれに異なり、良いものもそうでないものも、過去の産物あるいは学ぶべきテーマでもあると思うのです。「どうしてあの人には与えられていて、私には与えられていないのだろう?」これまでに、さまざまな状況においてこのように思った経験はないでしょうか?自分以外の他の人が持っているものやラッキーな出来事というのは、それまでにその人が積んできた「徳」とも言うべきものによって具現化されたものなのです。このように言ってしまうと宗教くさいと言われかねませんが、時空を超えて幾度の過去生から現在に至るまでに、善い行いや物事に対する努力を積み重ねて来た結果手にしたものなのです。ですので、手にしているものが人によって異なっていて当然ですし、他人が持っていて、自分が持っていないものがあったり、またはその逆のパターンも当然あり得るというわけです。今生、或いは過去生からのその人の行いによって積み上げられたものが、何らかの形となって自分に返ってくるということであれば、他人が持っているものを「いいなぁ~」と軽く思う程度ならまだしも、強く羨ましがったり、羨望が高じて嫉妬や妬みの心を持ってしまったり、さらにはその嫉妬心を相手に態度や言動などでぶつけてしまうのは「お門違い」ということになります。

良きものを運んできてくれる流れを創り出すには?

そして、羨望の目を向ける相手により近づきたいと願ったりして、その相手と同じものを手に入れるというのは、今回の人生の使命や流れが人それぞれに異なっているため難しい場合もあるでしょう。そのように自分の外にばかり目を向けるのではなく、自分がこの人生で与えられたものをよく見つめ、その価値を理解し、そこにエネルギーを与えるほうが、更に人生の時間がより良きものに変化していくと思われます。また、そのためには、自分の目の前の課題に日々コツコツと取り組んで行く事も重要です。その課題も人それぞれに異なりますが、人によっては単調な毎日で、日々のルーティンを行うのみ・・・とういこともあるかと思います。多くの人が、このようなルーティンや単調な日々を課題と受け取らないようですが、これは立派な課題だと思います。そこから、いかに多くのものを受け取ることが出来るでしょうか?また、日々のルーティンの中や、何気ない日常の中にこそ、ちょっとした徳を積むべきポイントというのが潜んでいたりするものです。食べ物や身の回りの物を大切にしたり、日々関わる人々に対して礼節・思いやりの心を持って接したり、その他にも色々な面で慎み深く丁寧に毎日の暮らしを営んでいれば、それも徳を積むことになり、次第にそのプラスのエネルギーが大きくなり、流れを作り出し、その流れが暮らしに更に良きものを運んで来てくれるでしょう。もちろん、何かのスキルについても同じことが言えます。淡々と、コツコツとでも、目の前の事に集中して取り組んで行くうちに、それがやがて大きな流れを成し、タイミングが来た時に望む場所へ連れて行ってくれたり、望むものを運んで来てくれるのです。それがこの人生で起きる場合と、そうではない場合(つまり次または別の人生にて)がありますが、今生でそれを手にすることが出来ないからと言って、諦めたり不貞腐れて「どうでもいい!」という態度になってしまっては勿体無いと思います。今からの積み重ねが別の人生で大輪の花を咲かせたり、かけがえのない宝物を手にすることになるのですからね。このようなことをちょっと考えてみると、他人が持っているものに嫉妬するなんて、本当に必要のないことであると気づくことが出来るかもしれません。みなさま是非、自分だけの花を咲かせ、自分だけの宝物を手にしてくださいませね。

 

 
今日もたくさんの応援を有難う御座います!
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