その次の世界へ 魂の旅

魂の探求、霊性を高めること、スピリチュアル全般について綴っています。

サイキック・ヴァンパイアとは?

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アタックして削り取り、持っていってしまう人

こちらもアメブロ時代に書いていた数年前の記事のリライトになります。記録として一応こちらのブログにも書いておこうと思います。今年に入って気の勉強会の先輩から強烈過ぎる(ホントに並じゃない程の)念やら生霊やらを毎日何回も飛ばされて続けていて、それによって気を吸い取られるわ体調不良になるわで大変でしたが、これはまさにサイキック・アタックとサイキック・ヴァンパイアを組み合わせたかのようなものだな・・・と思いました。こんな事が起きる数ヶ月前に、ふと「サイキック・アタックとサイキック・ヴァンパイアは別々のものでありつつ、この2つを同時にやってのける人もいる」と思うような出来事を目の当たりにしました。私が何かを被ったわけではないのですが、とある人から念を送られ、その結果気を吸い取られて段々と病気になってしまうという人が何人も続出するという場面を、思いがけず見てしまったのでした。そして今回は私が参加している鍛錬の場で同じような事が起きました。もちろん、師匠が除霊を出来る人なので、念や生霊を送られ続けた私たちは毎回それらを師匠に取り除いてもらっていたので病気などにならずに済んでいるのですが、通常は除霊してもらわない限りクリアなんて出来ないものです。そう思うと怖いですね。しかし、念や生霊を飛ばす人なんて滅多に居ないものです。それでも、もしも知人やご友人の方で、その人の周りの人々が次々と病気や体調不良など大変な目にあっているというケースを見かけたならば要注意かもしれませんね。

とある過去のおはなし(白バラのプロテクション)

ちょっと余談+前置きが長くなりました・・・それで、今さら感満載なのですが、サイキック・ヴァンパイアという言葉を聞いたことがありますか?人の生体エネルギー(気)を知らず知らずのうちに吸ってしまう人のことを言います。今から十数年前にとある著名なセラピスト夫婦の事務所で経理を手伝っていたことがあり、そこには事務の人が5人とセラピストが10人所属していました。実は、当時の私はAさんという事務の女性のことがイヤだったのです。何故なら、Aさんと話をしていると段々と疲れてくるから・・・それはちょっと疲れたというレベルではなく、本当に身体がぐったりしてしまうレベルでした。もちろん、他のスタッフにそのようなことを言うわけには行かないので、自分の心にとどめておいたのですが、ある日、ぐったりしていて元気がなさそうだったスタッフのBさんに、他のスタッフCさんが声をかけているのが聞こえて来ました。するとBさんは「私、Aさんと話をしていると疲れるのよね・・・」と返したのですが、Cさんが「あ~、それ分かる~。でも、私の場合は本当に身体が疲れてくるというか、怠くなって来ちゃうんだけどね・・・。」と言ったので、私は思わず「それ、私もなんだけど」と話に割り込んでしまいました。その他にもBさんやもう一人のスタッフの話を聞いてみれば、Aさんを除く全員が全く同じような事を言っていました。私たちはこのことを事務所のオーナーであり、サイキックなセラピストの先生に伝えました。すると「話をしているだけで知らない間に(無意識に)人の生体エネルギーを吸い取って行く人っているものでね、そういう人と接する前に、意識で身体の周りに大量の白いバラを何重にも巻いてある状態をイメージすると良いよ。」と教えて下さいました。私たちは教えてもらったことを早速次の日に実践しました。すると、その日の夕方頃になると、Aさんが「何だか今日は体調がイマイチだ」と言い出し、次の日は身体が怠いと言って仕事をお休みしてしまったのです。後で聞くと風邪でも何でも無く、ただ身体が怠くて動けなかったと言っていましたが、私たちが身体に大量の白いバラを巻きつけるイメージを毎日実践していると、Aさんは仕事を休みがちになり、ついに「動けないから」と言って辞めてしまいました。

被害者意識が発酵して出来上がるもの

勿論、私たちがAさんに何かを言ったわけでも、物理的に何かをしたわけでもありません。行ったのはただ単に自分にプロテクションを掛けただけです。このことによって、気を吸い取る人というのは実際にいるものなのだな、と理解したのでした。Aさんは強度のサイキック・ヴァンパイアタイプであると思われますが、中には「ちょっとだけヴァンパイアなタイプの人」というもの居ると思います。人々はコミュニケーションを取る時に、お互いに気をやり取りしていたりしますが、サイキック・ヴァンパイアタイプの人というのはやり取りの中で、一方的に気(エネルギー)を持っていってしまうだけの状態であることが多いです。しかし、ヴァンパイアタイプの人がみんな嫌な感じの対応をする人というわけでもありません。むしろ感じの良い人であることのほうが多いです。(それまでの彼らの経験上から来ている対応の仕方であると思われます。)Aさんもソフトな雰囲気でとても感じの良い人で、世の中に貢献したいという意識が強くて優しい人でした。どういうわけでAさんがヴァンパイアタイプになってしまったのか分かりませんが、私はどうしても気を吸い取る人とはお付き合い出来ないので残念でした。これまでに様々な人を拝見していて何となく思うのですが、被害者意識が強いものの見方で長らく過ごしていると、次第にヴァンパイアタイプになっていってしまうのではないか?と思います。意識って大切ですね。

 

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嫉妬は必要ないものである!?

エネルギーを扱う世界では、ポジティブ過ぎるのも本当はあまり良くないのですが、ネガティブ過ぎるのは更におすすめできません。ネガティブさはほどほどであれば、問題回避が出来たり、修正すべきポイントをきちんと押さえる事が出来たり、熟考の機会を得る事が出来るという長所がありますが、強い感情を伴うネガティブさは、自分の心の中に1滴たりとも見当たらない状態にまで持っていく事を、本当はおすすめしたいくらいなのです。我が強まる原因のひとつでもある「嫉妬」という強いネガティブな感情。私はこれについて考えてみたわけですが「もしかして、嫉妬は本当に必要ないものなのかもしれない」と思いました。

誰かに嫉妬するのはお門違い!?

誰かのことを羨ましがり、それが高じて嫉妬となる。そこには色々な心理が見え隠れしているわけですが、これらの感情が出る時というのは、誰か他の人に、物事が上手く行く出来事が起きたり、何かラッキーなことが起きたり、またはその人の持っているものや置かれている環境に対して、自分の状態を比較してしまう事が原因となっているのではないでしょうか?しかし、この人生で与えられたものは人それぞれに異なり、良いものもそうでないものも、過去の産物あるいは学ぶべきテーマでもあると思うのです。「どうしてあの人には与えられていて、私には与えられていないのだろう?」これまでに、さまざまな状況においてこのように思った経験はないでしょうか?自分以外の他の人が持っているものやラッキーな出来事というのは、それまでにその人が積んできた「徳」とも言うべきものによって具現化されたものなのです。このように言ってしまうと宗教くさいと言われかねませんが、時空を超えて幾度の過去生から現在に至るまでに、善い行いや物事に対する努力を積み重ねて来た結果手にしたものなのです。ですので、手にしているものが人によって異なっていて当然ですし、他人が持っていて、自分が持っていないものがあったり、またはその逆のパターンも当然あり得るというわけです。今生、或いは過去生からのその人の行いによって積み上げられたものが、何らかの形となって自分に返ってくるということであれば、他人が持っているものを「いいなぁ~」と軽く思う程度ならまだしも、強く羨ましがったり、羨望が高じて嫉妬や妬みの心を持ってしまったり、さらにはその嫉妬心を相手に態度や言動などでぶつけてしまうのは「お門違い」ということになります。

良きものを運んできてくれる流れを創り出すには?

そして、羨望の目を向ける相手により近づきたいと願ったりして、その相手と同じものを手に入れるというのは、今回の人生の使命や流れが人それぞれに異なっているため難しい場合もあるでしょう。そのように自分の外にばかり目を向けるのではなく、自分がこの人生で与えられたものをよく見つめ、その価値を理解し、そこにエネルギーを与えるほうが、更に人生の時間がより良きものに変化していくと思われます。また、そのためには、自分の目の前の課題に日々コツコツと取り組んで行く事も重要です。その課題も人それぞれに異なりますが、人によっては単調な毎日で、日々のルーティンを行うのみ・・・とういこともあるかと思います。多くの人が、このようなルーティンや単調な日々を課題と受け取らないようですが、これは立派な課題だと思います。そこから、いかに多くのものを受け取ることが出来るでしょうか?また、日々のルーティンの中や、何気ない日常の中にこそ、ちょっとした徳を積むべきポイントというのが潜んでいたりするものです。食べ物や身の回りの物を大切にしたり、日々関わる人々に対して礼節・思いやりの心を持って接したり、その他にも色々な面で慎み深く丁寧に毎日の暮らしを営んでいれば、それも徳を積むことになり、次第にそのプラスのエネルギーが大きくなり、流れを作り出し、その流れが暮らしに更に良きものを運んで来てくれるでしょう。もちろん、何かのスキルについても同じことが言えます。淡々と、コツコツとでも、目の前の事に集中して取り組んで行くうちに、それがやがて大きな流れを成し、タイミングが来た時に望む場所へ連れて行ってくれたり、望むものを運んで来てくれるのです。それがこの人生で起きる場合と、そうではない場合(つまり次または別の人生にて)がありますが、今生でそれを手にすることが出来ないからと言って、諦めたり不貞腐れて「どうでもいい!」という態度になってしまっては勿体無いと思います。今からの積み重ねが別の人生で大輪の花を咲かせたり、かけがえのない宝物を手にすることになるのですからね。このようなことをちょっと考えてみると、他人が持っているものに嫉妬するなんて、本当に必要のないことであると気づくことが出来るかもしれません。みなさま是非、自分だけの花を咲かせ、自分だけの宝物を手にしてくださいませね。

 

 
今日もたくさんの応援を有難う御座います!
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